単純な強さと複雑な弱さについて考えることが多くなってきています。
いきなりまとめちゃうと、時間や手間がかかり人に認められるのにも時間がかかるやり方で生きてきた人には、時間や手間を省いて人に誉めてもらうことばかりを探して生きてきた人は、いざという時に絶対にかなわない。そして、後者はそのことを絶対に認めず、次から次へと屁理屈を生み出したり同じような仲間を見つけて、前者をなんとか見返してやろうとする。前者はそもそも勝ち負けなんて気にしていないし、そういう後者を見ていて可哀想に思うので、後者が喜びそうなことを言ってあげると、後者は過剰に図に乗り、前者は途方に暮れる。こんなことについて考える機会が、とても多くなりました。
例えばスポーツだと、基礎をしっかりと鍛えてきた選手と、派手で得点につながりやすいプレーばかりを練習してきた選手。受験勉強だったら、基礎からきちんと積み上げて考える力を持っている人と、次から次へと現れる傾向と対策系の参考書をあれやこれやと取り換えながらやっている人。才能による左右がより大きいとはいえ、芸術であっても、優れた芸術家の伝統に敬意を持って知識と技術を磨いた人と、その時代の流行を追ってばかりの人。仕事人とギャンブラー、っていうのが一番極端な例でしょうか。
どこに満足を置くかの問題でもありますが、自信に基づいた強さが無いと、人は不幸になりやすいと思います。後者にはこれがないから、その不安を無理矢理にでも共有させるために、前者に食って掛かるのだと思います。もしくは、自信に基づいた強さというものがあることすら分からなくて、「あいつは自分よりも屁理屈が上手いだけなんだ。だからもっと屁理屈を磨いてやる。」という発想になってしまうのかもしれません。
僕にできることは、自分が前者であるための努力を続けることだけです。後者のようになってしまう罠がこの世界にどんなにたくさんあろうとも。そして、せめて、自分の知っている人達と自分のことを知っている人達だけでも前者であろうと努めて欲しいので、「自分は前者である」と驕ること無しに、自分が前者であるための努力を続けて、それを「素敵だな」と思ってもらえればいいな、と願っています。