今年のクリスマスには、吉井和哉の『バッカ』をどこかのCMで使ってほしいなー、と思う。
最初のサビ「君のこと待ち続けるばっか/夜なのに/今夜は聖なる夜なのに」のとこでちょうど15秒。商材がなんであれ、今年の冬の時点でいちばん物憂げな顔が似合う女性を使って、1秒だけ傘を持って雪の中に立っている吉井和哉をオーバーラップさせれば、もうそれだけで名作になるだろうなぁ。
そんな『バッカ』が入っている吉井和哉の新譜。『Hummingbird in Forest of Space』、とてもとても名盤です。ある程度音楽を聴いてきて、技術も身に付いてきたミュージシャンは、聴いている音楽に自分がやる音楽を近づけることに注力してしまったり、技術を使うことに追われてしまって、とどのつまり「自分のことをなーんにも表現できていない」という状態になってしまいがちです。
今回、吉井和哉は邪念なしに自分の中から曲を掬い上げて、それを今あるセンスと秘術を駆使して磨き上げて、自分で選んだミュージシャンに演奏させ、一生懸命歌う、という、シンプルなようで、いちばん度胸のいることを成し遂げています。
だから、今日は、今回のアルバムの曲達を、あえてイエローモンキー時代の曲の進化版として紹介していこうと思います。
1曲目はインストゥルメンタルで、混乱で始めておいて、いちばん分かりやすい言葉の歌で終わる、というアルバムの構成は、『SICKS』に近いと思います。
2曲目の『Do The Flipping』は、『ジュディ』や『ガーリー』といった、吉井和哉が混乱しながら抱く欲望の歌の、最新形態だと思います。『紫の空』にも似たものがあるかな。劇画っぽい、悩みながら美女を激しく抱く場面、でもってそこにはその女の人格は何も描かれていない、みたいな感じですね。
3曲目の『Biri』は『My WInding Road』の完成版。僕はイエローモンキーの解散の原因は、次第に広がっていった、アニーのドラムと吉井和哉の作る曲との噛み合わせの悪さ、だと思っています。初期はアニーのいわゆるハードロックなノリのドラムで行けたのですが、最初にシングルを意識した『アバンギャルドで行こうよ!』あたりから採用しはじめて、以後のシングルでずっと使われることになるあのシェイクのリズム、あれがどうしてもドタバタしていて、ならばこのドタバタを活かして曲を作って行こう、と思いながら作っていたのが『SICKS』『Punch Drunkard』あたりまでで、しかしよりスムーズなグルーヴが吉井和哉の頭の中では鳴っていて、再度の挑戦、と作った『聖なる海とサンシャイン』が、やはりドタバタなままで、うーん、、、、となって、じゃあこういうグルーヴはソロでやろうか、となり、ソロをやってみたら、やっぱりもうあのリズムに合わせるために曲を作ることはもうできないなぁ、、、となって、解散、だったのではないかな、と。
4曲目の『シュレッダー』、これは『球根』や『BURN』の流れですね。あと、『ない』とかにあった、女性視線が復活している、ってのもあると思います。ジャガーさんが1944年に落ちた直後にこの曲を歌ったとしても成立するとは思いますが、女性視線の歌詞になっている副作用か、タナトスが無いので、やっぱりちょっとジャガーさんには合わないかなぁ?
5曲目は『上海』。サウンド的には『TVのシンガー』な感じで、『Shock Hearts』とか『甘い経験』みたいな、吉井和哉的に理想的な女の口説き方の妄想、が久しぶりに歌われてるなぁ、と思います。あと、今回のアルバムではこの曲だけじゃないんですけど、『Subjective Late Show』以来ずっとある、吉井和哉のフェラチオ好き、がさりげなーくいやらしーく表現されてるなぁ、と思います。
6曲目の『ルーザー』、これは『審美眼ブギ』あたりからある、ブギに乗せてヘンなことを歌っちゃうもんね路線、ですね。今回のツアーで、この曲に続けて『イエ・イエ・コスメティック・ラヴ』とかやったら、長年のファンとかは死んじゃうでしょうねぇー。
7曲目、『ワセドン3』。これちょっとすごいんですよねぇ。音的には類型はないです。あえて言うなら『薬局へ行こうよ』あたりかなぁ。。あ、意外と『Walkin' in Sunchine』とかかな。これはもう歌われている世界がすごくて、なんていうのかなぁ、『Welcome To My Dog House』に代表される被害者意識を、完全に客観的な視点で捉え直していて、ひとつのお話にしちゃってるんですよね。これはちょっとホントに凄いです。ゴスロリ少女に与えるべきお話ってのはこういうものだろうなぁ、とか考えちゃったりします。あと、サビでボーカルがひとり掛け合いになっているんですが、よく聴くと、単純に交互に歌っているわけではないんですよね。片方は、「いーーーーーーーーー」としか歌っていないんですね。自分でも曲を作ってアレンジもする人間としては、こういうのってすごくヤられた感がありますね。
8曲目『Pain』。これは『Chelsea Girl』とか『パール』で挑戦していた、速い8ビートなんだけど、 BOOWYみたいには絶対にしないぞ!路線ですね。『39108』では、外人ミュージシャンのおかげでこういうノリがやれるようになって嬉しかったのか、このノリの曲がけっこうありましたね。
で、9曲目『Shine and Eternity』。これについては、8/1の日記を読んで下さいー。
10曲目『バッカ』。これがねぇ、もうねぇ、、、ぽーんと出てきた曲を、「俺色々音楽知ってるんだぜ」っていう邪念を全く無くした吉井和哉が丁寧にアレンジした、すごい名曲なんですよねぇー。クリスマスつながり、ってわけじゃないんですけど、山下達郎の『クリスマス・イヴ』と同じような邪念の無さを感じます。「あれもできるよこれもできるよ」って言いたがりそうな人が、あれよあれよと自分でもコントロールできないままスコーンと書き上げてしまった曲。その曲を前にして、「こんなカンタンでいいのか!?」と無駄に悩みながらも、最終的に音楽的な良心のみに従って仕上げた、そんな曲です。CMがダメだとしても、これは絶対に冬にシングルカットしたほうがいいよなぁ。。この世界の何かが絶対に変わります。あ、忘れるところだった。イエモンで言ったら『花吹雪』や『カナリア』の流れですね。
で、11曲目『Winner』。これも同じくものすごくシンプルに作り上げられた曲。イエモンでいうところの傾向も同じ。ただ、シングルに参加した日本人ミュージシャンには悪いのですが、演奏の一部差し替えを行ったこのアルバムヴァージョンでは、今回のアルバムに参加している外人ミュージシャンの力量が物凄く分かりますね。シングルはそんなに聴かなかったけど、このヴァージョンは聴きまくっちゃってますから。
クライマックスが近づいて、12曲目『マンチー』。これについても上記の8/1の日記で書いていますので、読んでやって下さい。アルバムのこの位置にこういう曲が来るっていうのは、『SICKS』の『見てないようで見ている』や『Punch Drunkard』の『甘い経験』と同じような流れですよね。外人たちによる、「ハジマッタ!」「コカン!」というコーラスが最高です。今度僕もジェイソンに同じようなことやってもらおうっと。
で、最後、『雨雲』。『シルクスカーフに帽子のマダム』『空の青と本当の気持ち』『JAM』『人生の終わり』『So Young』『聖なる海とサンシャイン』『BELIEVE』といった、吉井和哉が人生の節目にひとつひとつ落としていった、それぞれの時点での生きてる証がそのまんま形になった曲、ですね。『8』の頃から吉井和哉の頭の中にあったサウンドが、遂に形になったんだなぁー、と思います。
ニューアルバム以外に何の資料も無しでここまで書き上げてしまった自分にうっとりしつつ、今日の日記を終わります。おやすみなさいー。

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